小原一浩の主張

小原一浩の主張

 

本当に大丈夫か?我々の将来は

 現在の公的年金の加入者は約7000万人。加入者の半分が受給者である。そして1年間に45兆円の年金が3,500万人に支払われている。公的年金の積立資産総額は約190兆円だが、若い労働者が減り、高齢者が増え続けている状態で、現在我々の年金給付を担って呉れている現在の若者が、老後に充分な年金を受け取ることが出来るのだろうかと心配である。国の税収が40兆円を切り、赤字国債を税収以上に発行して90兆円の予算を組んでいる。1000兆円という天文学的借金を抱えながらまだ毎年、収入よりも多い借金をしている。今後、内需拡大は多くは望めない。景気が良くなれば税収が増えるとの希望的観測がある。日本の強みは外国から原料を輸入し、外国に製品を販売して利益を上げていた。加工貿易が日本のお家芸だったが、昨今では産業の空洞化が我々の知らぬ間に進行している。最早過去のようなパターンでは景気を上向かせることは不可能である。

 

 だから、国でも府県でも市町村でも身の丈にあった行政規模にし、スリム化を図らなければならない。

 

 

是正すべき所得の官民格差

 2011年の公務員人件費は35兆円である。独立行政法人や公益法人、地方の外郭団体の人件費を総計すれば37~38兆円に達する。国と地方の全税収(約77兆円)の約50%にあたる。

 

 日本の全労働人口は6,700万人。失業者が約300万人なので、働いている人は約6,400万人。大企業労働者は1,200万人だが、非正規労働者の数は少ない。一方、中小企業の4,200万人の中で常用雇用従業者数は2,800万人、非正規労働者は1,400万人である。全労働者の平均年収は430万円と比較すると公務員の平均年収700万円(42歳)は高すぎる。

 

 格差について詳しい調査によると、官民格差は約30%から40%あるとの事である。

 

 <平成17年3月29日地方公共団体における行政改革の推進のための新たに指針>では給与の適正化が謳われている。地方公務員全般にわたり、その業務の性格や内容を踏まえつつ、住民の納得と指示が得られるように、給与制度・運用・水準の適正化を強力に推進すること・・・厳しい経済を背景に、地方公務員の給与が地域民間賃金などのじょうきょうからかい離しているのではないかとの厳しい批判があることを踏まえ、給与の改定にあたっては、「地域の民間給与の状況をより的確に反映し決定できるよう、職員給与と民間給与の比較方法等を充実させるなど地域における公民考査をより一層正確に算定できるように取り組む事」。とある派遣切りやワーキングプア問題が取りざたされている昨今、公務員はあまりにも優遇されすぎていると感じている識者や住民が多い。

 

 

多すぎる日本の議員の数

 欧米先進国と比較すると日本の国、都道府県、市町村のどのレベルを取って比較しても日本の議員定数は多い。例えば、アメリカ合衆国と比較すると、アメリカ連邦議会の下院議員数は435名(日本の衆議院は480名)、上院議員数は100名である(日本の参議院は242名)。一方、アメリカの国土は日本の約25倍で人口は約2.5倍である。報酬は日本のそれよりも少ない。

 

 市議会議員の定数は各州法で規定されていて、例えばカリフォルニア州法によると、サンフランシスコ市の市議会議員数は11名(人口は約63名)で議員報酬は年間約300万円。州法によって、人口に応じて議員定数や報酬が定められている。議員は別に職業に就いて、議会を夜間や休日に開催するなど工夫をして出席し易くしている。

 

 

議員報酬についての考え方

 私自身、議員は非常勤の特別職公務員であるとの考えである。欧米先進国の例を見ても、議員は基本的にボランテイアであるべきだと考えている。二元代表制として市長と共に一般選挙で選ばれるが市長は常勤である。

 

 今のところは、当市の議会は年間で四つの会期に分かれていて三月、六月、九月、一二月議会がある。議員活動として活動する日々もあるが、本会議、委員会その他の会議に出席する為に登庁する日数は年間で精々三〇日以内である。所謂常勤ではない。私の議員報酬削減の提案は「議員は非常勤の特別職である」から来ている。先年の議長が「市民が議員の控え室に訪ねた時に登庁していない議員が多いとの市民の声があるので、出来るだけ登庁しておいて欲しい」と各会派の代表に云ったと聞かされた。これは本末転倒であると即座に反論しておいた。非常勤の特別職なのだから、常勤を装う必要は更々ない。用もない時に開店休業のような所に居る方がおかしい。それよりも市内でボランテイア活動などに精を出す方良い。もし、議員報酬が少ないと考えるならアルバイトをしても良い。他の職業との兼業は原則的には自由で、国会議員などは別として兼業禁止規定はない。アメリカなどでは本業を持った人達が議員として活動している。議会に出席しやすいように工夫(休日や夜間議会)を凝らしていて、報酬は州法などにより低く抑えられている。議員職を生業と考えてもらっては困る。

 

 ましてや、議員の地位を子供に譲る(世襲制)などは税金で生活する考えであり、避けるべきである。

 

 先に日本の議員定数や報酬が諸外国と比べて高いと書いた。国会議員の年間収入は現在3,327万円。その他に各種の特権が付いている。アメリカの財務長官の給料が年間約1,600万円だそうだ。概してアメリカの公務員の給料は高くない。政治に従事するひとには高い倫理性と共に、聖職としての自覚が求められる。ボランテイア精神(奉仕の精神)が強く求められる。 

 

 

議員の職務とは何なのか?

議会は自治を担う重要な機関であり、多くの権限を持っているに係わらず、議会の活動状況が市民に見えない。不信の理由は・監視能力不足、政策立案能力不足、議会の不透明性などである。

 

 当市の昨年度の議会の審議例では、葬儀会館建設反対の市民からの陳情に対して六月、一二月、三月の三会期共に充分な討議もせずに、この6月議会でも、継続審査として先送りしてしまった。その結果、議会や議員は一体何をしているのか?議員は誰の為に存在しているのか?など、具体的に不信感が湧きおこった。今後は議員同士の討議により潜在化している市民の意見を顕在化させて問題点や対立点を明確にするよう努力すべきである。

 

 

議員定数について

 議員定数については地方自治法で人口に応じた上限があった(大阪狭山市の上限は30名)が法改正され、議会の条例で減少する事が出来る。この議員定数に関しては、特にバブル崩壊後の地方自治体の緊縮財政を反映して全国的に定数削減の波が押し寄せている。要約すれば日本の議会は欧米先進国と比較して議員定数と報酬が多くて審議時間が少ない。これは、国、府県、市町村全ての議会において当てはまる。国レベルの比較は後述するとして、この小さな大阪狭山市と近隣都市とを比較検討する。

 

  議員定数の陳情書が市民団体から提出されたときに、人口比で定数を決めるのはナンセンスだと決めつけて定数削減反対論をぶった議員がいた。削減要求の陳情書によると、近隣の河内長野市の人口が12.2万人で議員定数が18名、一方大阪狭山市の人口はそれより半分以下の5.8万人なのに議員定数が16名。人口を議員数で除すると河内長野市は7,000、当市は3,600となる。大阪狭山市は約半分の人口で一人の議員を支えているのである。狭山の市民の大多数は議員数多すぎると理解している。結局は先の三月議会で一名の定数削減が議決された。

 

 議員定数に関しては色々な意見があるのは理解している。例えば少ない定数では、市民の要望などを広く吸い取る事が出来なくなるとか、特定の団体からしか立候補出来なくなるとか、地盤、看板、鞄を持った特定の人達しか議員になれなくなるとかである。又、常任委員会が成立しなくなるとの意見がある。議員の定数や報酬問題は議会や議員に対する不信感から端を発しているのである。議員数が少なくなれば常任委員会を設けずに全て本会議で審議すれば良い。又、組織票がある特定団体からの立候補者に関しては党議拘束が絶対的な公明党、共産党からは一人の議員で良いとの意見もある。

 地方分権改革が進み地方議会の存在意義は増している今こそ議会の改革が必要なのである。

 

今後ますます、市の財政が苦しくなる。小さな市のままで行政機関として存在するのを望むならば、身の丈にあった施策をする必要がある。人口5万8千人といえば中小企業である。大手企業のマネをしていては立ち行かない筈である。

 

 幸いに当市では三年前に「地域協議会」と思しき「円卓会議」が市当局から提案されている。三年掛かってやっと三中学校区の円卓会議の設立を見た。現在はまだまだ未整備であるが、既存の自治会などの団体以外に民主主義的に民意を汲み上げる仕組みが出来上がった。議会がこの円卓会議と連携を図ることによって、きめの細かい市民ニーズを吸い上げることが出来るし、議員定数を削減出来る筈である。一中学校区に四名の議員が居れば充分だと考え、議員定数を十二名(3×4)と主張する所以である。小数精鋭が時代の要請であり、私は「少数だからこそ精鋭になる」という言葉を信じている。

 

 

特定案件に対する当市の議会の対応について

 今回、文化会館前の空き地に公共交通機関を担っている南海電鉄が強引に葬儀場の建設計画を申請した時に取った議会の対応は不適当・不十分であった。当該地区は市の総合計画の中では「シビック・文化ゾーン」とされているが、都市計画の上で何ら規制する事が出来なかった。行政は「法律に違反しない建設計画に対して行政として受理せざるを得ない」と説明する。一方、議会は「この問題は民間業者と住民との問題であるから、よく話合って下さい」と云って深く立ち入ろうとしなかった。市民からの陳情に対して1年間に亘って「継続審査」を繰り返した。その結果、行政や議会は誰の為に存在するのか。首長や議員は、誰に選ばれ、何の為に存在するのかと行政と議会の対応に対して多くの市民は不信感を募らせた。

 

 行政にも言い分はある。生活環境などを保護する為の指導要綱や条例が無いので対応のしようがないと。

 

 

行政と議会について

 地方自治体では市長(=行政)と議員を選挙で選ぶ二元代表制を取っている。市長も議員も市民の直接選挙で選ばれる。日本の国政では、議院内閣制を採用していて、国民から選ばれた国会議員が首相を選び首相が内閣を組織し行政を司る。一方地方自治体の議会では複雑な社会問題を公開で討論して問題点や対立軸を明確にして民意を作りだすこともする。民主主義下において議会は重要で必須の存在であるが、多くの市民が不満感を持っている。最大の理由は「議会の活動が市民に伝わらないから」らしいが、実際には行政(首長)の提案に対して「イエスマン」になっているからである。等しく公正な無記名選挙で選ばれても、行政(=首長)には多くのスタッフが付いていて、議員一人ではとても太刀打ち出来ない。それ故、知らず知らずの内に行政の政策に追随し与党化してしまう。

 

 又、首長の選挙支援により当選した議員の一部は議会の中で「与党」として活動する。しかし本来、議会と首長は、二元代表制の下では対立する存在であるべきである。首長の統括権の強さに負けてしまって、与党的立場の議員が多数を占めたら、議会での活発な議論が無くなってしまう。

 

 地方分権改革が進む中、活動を狭めていた中央集権制度で見られた期間委任事務の廃止しによって、地方議会は今まで以上に広い領域に亘って関わることが出来るようになった。

 

 当市に於いて既に設立されている中学校区ごとの円卓会議には従来の自治会以外の開放型の住民参加が実現している。この円卓会議が旨く機能するようになれば、地域の多様なニーズを吸い上げる事が可能になり、議員の定数削減にまでつなげる事が出来る筈である。

 

 

職員の人事制度について

 給与規定は地方公務員法で決められているが、民間ではなくなった年功序列システムがまだ残っていると思われる。長く勤めれば給与が自然に増加する号俸等級制度が残っている。

 

 人事評価制度は実施されているが、生ぬるい。現在の人事異動システムでは専門性が必要な部門を除いて、職員が2~3年で担当を変えている。国家公務員の上級職はエリートコースを歩んでジェネラリストを育成しているが市の職員全体がくるくると担当が変わる必要はない。極論だが以前、職員から市役所には専門職は不在であると聞いたことがある。今後は優遇制度を作りスペシャリストを育成するべきである。同じポジションに長く居ると不祥事や癒着が生じ易いとの意見があるが、これは基本的な倫理の問題であり、別の方法で防ぎ得る。

 

 

ラスパイレス指数について

 一時期、地方自治体の職員の給与が人事院勧告で決められている国家公務員の給与ベースより多額になっていた時に、国家公務員の給与を100としてラスパイレス指数が作られた。今では地方自治体の基準となり指数が公表されている。私自身は人事院の調査基準に疑問を持っているが、その指数を基準にして職員の給料を決めている地方自治体は勘違いをしている。本来人事院勧告は国家公務員を対象としたものである。民間では長らく不況の波が続き、血が出るような合理化を進めている。

 

 大手企業の所謂リストラがまだまだ続いているが、それでも大手企業のリストラは中小零細の首切りとは違ったまだまだ恵まれている。余剰金を持つ大手企業は上乗せした早期退職金を出し、特別損失で計上できるが、中小企業は退職金すら払えない。零細企業に至っては倒産すれば給料の支払いすら危うい。少し前のコミュニテイ紙に近隣市の職員の退職金の額が記載されていた。大阪狭山市の平均の退職金額は2,730万円だった。この金額は、大手企業でもこれだけの金額はないとの多くの市民の感想だった。年間所得300万円を切る多くの派遣社員の存在を考えると、この官民格差はこれで良いのだろうかとの疑問が湧いてくる。私は、地方の小さな市ではラスパイレス指数は90位が適当であろうと考えている。

 

 

小さな政府(行政)を目指すべし

 民主党の菅政権が国家公務員の給与の減額を推進した。年間約二~三千億円の経費削減になるらしい。今までのように人事院が民間の給与同行を踏まえて勧告し、決めてきた従来の手法を改める決断であった。行政に任せきりにしていた結果が公務員の数の多さに結びついていた。

 

 パーキンソンの法則のとおりかも知れない。平成二十年の公務員白書によると国家公務員が約57万人、地方公務員が約三百万人いる。総務省の「集中改革プラン」によると2005年からの五年間で約20万人(5.9%)の人員削減を目指していたが、果して実行出来たのだろうか。一般行政職の削減が遅れているように思える。民主党は先の総選挙で「総人件費の2割削減」のマニフェストを掲げて、政権交代を成し遂げた。しかし、今回の経費削減額はその目標値には大幅に足りない。

 

 学者の調査によると、現在、給与の官民格差は少なくとも3割はあるとの事。公務員には労働基本権が制約されているから、人事院勧告を活用して来たとの云い分である。しかし多くの国民はその勧告の基準はおかしいと感じている。

 

 公務員は全国民の奉仕者であるとの憲法15条の趣旨を斟酌し、官民格差に是正に努めるべきものである。国や地方の財政が破綻しつつある現在、公務員が現状の人員や待遇の儘でいることは時代が許さない。地方レベルで見ると赤字再建団体に陥った北海道の夕張市では、市の特別職、議員、職員の待遇が大幅に削減された現実がある。また、国家財政が破綻してIMFが日本に入ってきたとしたら(例えばギリシャ)、議員を含めて公務員の給与は一気に引き下げられるであろう。

 

 

目を覆いたくなる国の財政状態

 現在の日本政府の借金は地方の債務も含めたら1千兆円を超えると云われている。その上に毎年、その借金が増えている現状を私たちはどう考えるかである。一般的には、日本の国債は日本国内で消化されているし、日本の民間の資産がそれ以上にあるから日本は大丈夫だと云われているが、真実はどうなのだろうか? このような多額の借金が発生したのはそれ程昔の事ではない。バブルが崩壊し、その後の不況を克服する為に、建設国債を多発した結果である。これは時の政権与党である自民党・公明党が推進した結果である。 国政レベルで云えば、政権与党の責任であろう。その為に2年前に政権交代が起こった。平成二十三年の東日本大震災によって、経常的赤字体質に輪を掛けるに至っている。或る先輩は昔の新円切り替えの時のような状態が起こるのではないかと心配して居られる。

 

 

地方分権の時代へ

 1995年に地方分権推進法が成立し、2000年に地方分権改革推進法が施行され、機関委任事務制度が廃止され、国と地方の関係が対等関係になった。

 

 今、日本国内の流れとしては地方への「分権化」と出来るだけ効率的に運営する「民間化」が推進されつつある。民間化は小さな政府つくりの一環であり、公共の分野でも民間に出来ることは民間に任せるもので、当市においても既に指定管理者制度が採用されている。市が直接に運営していた体育館や公民館、図書館などは指定管理者の手で運営されていて、市の人件費削減には貢献している。しかしこの制度の実施効果に関して、絶えず検証する必要がある。

 

 現在の日本国の財政状態を見ると従来からの中央集権制の破綻は明白であり、地方分権化を推進し、合理化を図って行くのは必然である。

 

 

第3の風はグローバルの風(明治維新、敗戦後の民主化、平成の風)

 大阪府では橋下知事が、大阪をそして日本を変えようと大阪維新の会を立ち上げて奮戦している。確かに大阪は変わらなければならない。変えないと此の侭地盤沈下で沈んでしまう。情報化時代が始まるのと同じくして東京一極化が進み、実質的に大阪の地位は今では見る影もない。この度の東日本大震災を見るまでもなく、小さな日本列島、東京一極化だけでは国が危うい。政権与党であった自民党は結果的にはこのような趨勢を助長して来たのである。私も大阪生まれの大阪育ちであり、アンチ東京、アンチ巨人である。サラリーマンに成りたての頃、東京へ出張した時にはわざと大阪弁を押しとおした経験がある。その後は郷に入れば郷に従えでこのような「アンチ精神」は残念ながら消えてしまった。大きな流れに押し流されたのだ。個人的な感情はさて置き、極東の小さな国ながら世界第3の大国である日本、フェールセーフの考えからも2局が必要である。

 

 現在、地方分権の流れの現れとして、大阪維新の風(橋下知事)や名古屋の風(河村市長)が吹いている。この風は日本が変わらなければ、地域が変われなければという勇気ある人達が私心をすてて立ち上がった結果である。最終的には住民、市民が変わらなければならない。その為には先ず議会が変わり、行政(お上)が変わらなければならない筈である。現在吹いている風は、グローバル(地球的)な風なのである。交通手段や通信手段が発達した今、「日本の常識は世界の非常識」の儘では済まなくなっている。

 

 

時代の背景

 明治維新から140余年、日本は欧米先進国を追いかけて今日を築き上げてきた。日本にとって不幸だった第2次世界大戦もその後の民主化によって発展した。そもそも奈良時代から、日本は中央集権的であり、行政を司るのは「お上」であり、住民は従順にその意向に従っていれば良かった。

 

 幕藩体制は明治維新の風で吹き飛ばされたが、相変わらず中央集権は残ったし、第2次大戦後にも中央集権体制が続いて来た。しかし、この中央集権体制が制度疲労を起こしていると指摘されている。優秀で、清廉で、使命感をもって日本の復興の為に尽力した官僚諸氏が最近では自分の事、自分達の事、並びに省益を最優先にするようになり、公僕(パブリックサーバント)という言葉は久しく聞かれなくなっている。

 

 公務員は全国民の奉仕者である(憲法第15条)国家公務員、はたまた地方公務員も「公僕」精神に欠けていると思われている。市民の代弁者である筈の議員においても同じである。今、中央集権から地方分権の流れが日本で起こるべくして起こっているのである。

 

 

以上